2019/05/31

山蚕のストール


           この繭はヤママユガ科(野蚕種の一つ)ヤママユ属ヤママユ
           の繭である。山蚕は大粒の緑色。製糸した糸を精練すると緑
           色は流れでてしまう。だが糸は淡い萌葱色になり、糸の輝き
           ・柔軟性は一層増し雅な布作りを演出する。
           信州、安曇野有明地区でも、かつて古い時代の山繭の自然
           採取をへて、人が山蚕(ヤマコ・この地域での呼び名)をク
           ヌギ林で飼育をし、山繭の生産量を確保してきた。



           このストールは有明地区の古田さんご夫妻飼育の山蚕を使
           用している。山蚕からいろいろな形状の糸を作り、それらの糸
           を合糸したり、一本糸で撚りをかけたり、糸を精練する度合い
           を変えて素材をつくる。そして機にかけ一枚の布に仕上げて
           ゆく。本当はこのような説明はいらない、できた布が語ってく
           れたならそれが一番よいのだが。しかし一枚の布じしんに語
           らせることは、なかなか遠く至難の業だ。




          この山蚕を育てた櫟の飼育林は、山と里を境とする混合樹林地帯、
          動物相、昆虫相豊富にしているそうだ。おもには燃料の薪炭林であ
          った。昔々は一番奥の村の一部にスギ林があり、山を下りてきてス
          ギ林が見えたなら人里が近くになったと安心したものだったそうだ。
          このお話を聞いたときに、なにかしっくりこなかったのであるが、
          よく考えてみればわれわれの時代は戦後である。敗戦後日本の山は
          植林奨励の波に覆われた。いたるところカラマツ、杉や檜で、稜線
          ちかくまでもおおわれた。そして里の薪炭林も用事がなくなり、住宅
          造成地にかわりはてた。山の生き物等も生きてゆく場所がなくなった
          ことだろう。植林奨励のその後は、評価されているのだろうか。山蚕
          も失われゆくものなのだろうか…。
                    「混合樹林孝」1985年、今西錦司を読んで。